トライアンフ | TRIUMPH タイガースポーツ800 | Tiger Sport 800
タイガースポーツ800は、2025年の新型モデルとして、2024年の10月に発表された。「タイガー」を名乗るモデルは、トライアンフにおけるアドベンチャーモデルという位置づけとなり、タイガー「スポーツ」となると、主に舗装路走行を得意とするツアラーモデルということになるため、タイガースポーツ800も、アドベンチャーモデルらしいルックスや、アップライトなライディングポジションでありながら、前後ホイールサイズは17インチで、ロードタイヤを採用していた。搭載したエンジンは、排気量798ccの並列3気筒エンジンで、新しく開発されたもの。115psの最高出力と84Nmの最大トルクを、それぞれ10,750rpmと8,500rpmで発生させていた。ライディングモードは、レイン/ロード/スポーツの3種。6速ミッションにはクイックシフターが標準装備されていた。ABSとトラクションコントロールは、6軸IMUが制御するコーナリングタイプで、クルーズコントロールも搭載していた。
06月11日
42グー!
6月5日、裾野→十里木→富士宮→国道469号(桜峠)を経由して、古民家喫茶油屋へ、行って来ました。
以前行った、久遠寺へ行く途中の道沿いのカフェなのですが、東名で行って帰って来るでは面白くないので、敢えての遠回りを走ってみました。
古民家喫茶油屋さんは、古民家喫茶と謳っているだけあって、なんだか落ち着く隠れ家的カフェで、メニューは少ないものの、野菜たっぷりのナポリタン、野菜スープ、ラペ、珈琲と合わせて¥1700と、とってもリーズナブルで美味しかったですね。
なにより、店内の雰囲気が絵本など沢山置いてあって、手に取ってのんびり〜過ごしたくなる優しい空間で、日頃のストレスも忘れてリピートしたくなります。
後で口コミ見たら、チャイが人気らしいですね、次回はチャイとカレーにしよう。
途中の桜峠もなかなかハードな道でしたけど、途中の眺めが良くってハラハラしながら楽しめました。
何処でも安心して走れるアドベンチャーって、やっぱ楽しいですね!。
06月10日
38グー!
6月10日、午後からちょっと時間があったので、国道1号→伊豆スカイライン→韮山峠へ、今日は1人なので、マイペースで走れるって楽しいですね!。
奥さんのエスコートも楽しいのですが、まだ危なっかしくて片時も離れられないのです、先日、真城峠でCBRか何かのバイクにあからさまな挑発を受けたのですが、挑発に乗る訳にもいかずモヤモヤとしていたのです。
1人で走る時は、なるべく他のバイクの絡まないように注意して走ってるのですよ。速い遅いじゃあない、と言っても、敢えて抜かれるのは気分が良いもんではないですからねぇ。
タイガーの見た目が速っそうなので、しょうがなといえばしょうがないのですが。
歳を取って刈られる側になったことを自覚しないと、いちいち若者からの挑発に乗るのも、命がいくつあっても足りませんからね、マイペースで安全に永く楽しみたいものです。
05月21日
201グー!
念願の #千里浜なぎさドライブウェイ
最高でした👌
到着したのが夕方に近かったので
西日の逆光に苦戦😅
何キロも砂浜🏍️で走れるなんてすげ〜ちょっとスタンドプレート使ったけど埋まらないか心配も🤣
05月05日
39グー!
5月5日、先日の大雨後の突風から打って変わって、快晴となったので、前から気になっていた、西伊豆雲見浅間神社へ行って来ました。
日本一、富士山が綺麗に見えると言われている雲見でも、絶景スポットといえる場所がこの雲見浅間神社、とにかくきつい階段から山を一気に登り、山頂の踊り場のような狭い場所で360度パノラマが楽しめるというとんでもな場所なのです。
絶景なのはいいが、天候、とくに大風には本当に注意が必要な場所なので、天候の安定した時を伺っていたのだ。
実際に登ると、聞きしに勝る急勾配で長い階段と、途中からの登山道で、相当きついのですが、頂上に到達すると、まるでご褒美のような絶景が観られました。
しかしまぁ、バイクで行って、登るところでは無い、、、とは言えますね。
帰りは仁科峠を経由、峠付近に牛が放牧されていました、雨の多く草が良く育つ時期限定の、これまた良い景色が観られて大満足なツーリングとなりました。
04月22日
26グー!
タイガーミーティングの集合場所、大鹿村には「北条時行供養塔」があり、逃げ若ファンの私、逃せぬ好機なので立ち寄ってみました。
ジャンプ漫画、「逃げるのが上手な若君」の主人公、北条時行公と従者2人の供養塔とつたえられている祠です。
車1台やっと通れるような狭い山道なのだが、漫画の影響で、今は訪れる人も多いのかも、私が行った時も供養塔手前で車1台とれ違いました。
ここまでの道のりが、とんでもない山奥で、こんなに寂しい場所に潜んでいたのかと思うかもしれないが、昭和の戦後間もない頃までは、山の恵みで豊かでにぎやかな所だったのではなかろうか。
と、いうのも、私の父母も、岩手の山奥、似たような場所の出身だが、戦後の食料難なんて経験は無かったそうだ、それどころか材木などを薪や炭にしたり、鉄道の枕木やら、仕事は沢山あって、人も子ども沢山いて、不便ではあるがとても賑やか裕福な暮らしだったそうな。
北条時行供養塔のある地域も、ダム建設で、村落が水没して今の場所へ祠だけ今の場所へと移転したのだそうです。
実は私、漫画もまだ最後まで読みきっていないのと、アニメも観ていないので結末を知らないのだが、北条時行公の最後が、非業の最期を遂げた、ではなく、穏やかな最後であったと信じたい。