ヤマハ | YAMAHA RZ250R
1983年、RZ250の直系モデルとしてビキニカウルを装備して登場したのがRZ250Rだった。エンジン出力はRZ250の35psから43psまでアップし、フォーク径の拡大、フロントブレーキのダブルディスク化、リアもディスク化されるなどの強化も受けていた。翌84年にRZ250RRが登場すると、ふたたびカウルを脱ぎ捨て、ネイキッド路線(当時ネイキッドというジャンルはなかったが)に転向して、80年代末まで展開された。その路線の継承モデルが、1990年登場のR1-Zだった。
RZ250R
08月16日
28グー!
とりあえず、鹿児島市内へツーリング。
南海部品でグラムスターを見に行った。高い💦
でもワイバーンゼロも欲しいしなぁ。
NS50F乗ってた頃によく行っていたマリンポートに寄ってみる。現行車しかいない。そりゃそうだな。
途中、吉田と蒲生で雨が!ビシャビシャ☔️勘弁してくれ、せっかくのブーツが!
冷えた体はラーメンで癒します。地元の人間にはよくわかる懐かしい味だなぁ。
として〆に、撮りたかった"泣いたキリン"こと2代目キリンさんの構図で写真を。足りない身長が泣かせる。
いつか、刀かCB1100Rに乗りたいな。オッサンがGS1000を降りてしまう前に。
ここからは少し暗い話をしますが、"キリン"や"HiHiHi!"や"RIDEX"の作者、東本昌平さんがチョースケらの待つあの世に旅立たれました。仕事中に知ってしまったので、あんまり仕事が手につかず....
私にバイク乗りとして、火を灯し直してくれたのが"キリン"でした。特にポイント・オブ・ノーリターンからラン・ザ・ハザードが大好きで擦れるほど読みました。
盛者必衰の理...でも早すぎるよ、東本さん。
ヘルメットにサイン、欲しかったな。
新作も、楽しみだったな。
この魅入られた魂に 祝福を !!
RZ250R
08月04日
34グー!
ガンタレRZR日報
塗装に挑戦します。
これで写真を見せる度"ヤフオクにあった奴だ!"とかバレずに済みます。隠すつもりは無いけど完全に俺の色に塗り替えます。
なにぶん狭い自家用車なので、入るかどうか心配でしたが知恵の輪でシンデレラフィット。
私の自家用車がわかった人、アナタはマニアです。お前もこちら側に来ないか???
適当に足付けしてドン!
前のオーナー塗装適当やらいよ。俺も適当だから気は合うかもしれんがな。
もし80年頭にAMAスーパーバイクヤマハマルボロレーサーがあったら...をTZ風味にしていきます。
当然フルカウルしか資料がないので、英語で検索しながら当時の雰囲気を調べていきます。
さらには甘えでマクラーレン・ホンダを参考にするという。おみゃーこれヤマハだぞおめー。
カラーはホンダのチャンピオンシップホワイトという罰当たり具合。なんなら赤は自家用塗った時に余ったニッサンの赤。自家用車はなんならスズキ。(なんだそりゃ)
タンクエンブレムはやっぱり当時の1ARヤマハゴールドエンブレムのような色は無いなぁ。悲しい悲しい。
まぁ、しょうがない!あるだけ有難い。
塗装してウレタンクリアを吹いてる途中で猫ちゃんと乱闘になりました。なんでだよって?猫に聞いてくれ!!
さらに雑なペイントで完成。
関係ないけどFACOMのラチェットを格安GET。よろくっせぇ取り付けに取り組む。
ここまで見てくれた方、ありがとうございます。お礼に完成図を見て帰るが良い。
見よ!俺の新生RZR。これで俺は道の駅のスターだ(そんなもんになりたくねぇよ)。
道で見かけてもそっとしておいてね。特にインジェクションおじさん。お前はもう俺に近寄るな。
あ、マニアと美人のねーちゃんだけは別🤣🤣🤣