ヤマハ | YAMAHA TW225/E
1987年に登場したTW200は、本来は路面を選ばないアドベンチャートレールとしてデビューし、実際に冒険家の風間深志さんが史上初のバイクによる北極点到達(1987年)に使用したモデルとして知られていた。そんなTW200に転機が訪れたには、1990年代の後半。悪路を走破するための極太のタイヤとスリムな車体、安価な車両価格が、ストリートファッションを好む若い人たちから、カスタムバイクのベースモデルとして人気を集めはじめたのだった。そんな中、標準モデルではミニバイザー付きの角ライトだったヘッドライトを、丸目ライトに換装し、ウインカーも小型化したTW200E(1998年)が追加設定された。そのTW200Eがモデルチェンジし、エンジンをセロー225系の223cc空冷単気筒へと載せ替えたのが、2002年6月に発売された、TW225であった。なお、TW225とTW225Eと、表記が分かれている例があるが、これは角目と丸目の違いではなく、単にリリース時の表記が異なるだけで、同一のモデル。というか、TW225と表記されたのは、2002年の初登場時のみで、以降のリリースではTW225Eとされていた。2007年の最終モデルまで、カラーチェンジのみを行ない、排出ガス規制の強化(平成18年規制)を前に、モデルライフを終えた。
TW225
08月17日
29グー!
コケた。w
大きな道の追い越し車線側に濡れたマンホールの蓋、それも摩耗しきってツルツルのヤツがあるかも知れない運転は出来なかったわ。w
言うて法定速度だし、コケて地面を滑ってる間も
「思ったより滑り続けるなー。」くらいに思ってた。
怪我は覚悟で薄着なんでまあ怪我はどうでもいいので
すぐバイク起こして目の前のガススタの端っこかりて
状態確認。
バラけた飾りを拾ってくれたガススタのオネーサンありがとう😊
付けてた飾りは壊れまくったけどそれがバンパーになったのか
バイク本体にはダメージ無し、自作のヘッドライトのステーが片方折れてたので
ガススタでテープ貰って補強。
近くにあった薬局の駐車場で
消毒液をジャバジャバかけて洗ってガーゼと包帯巻いてたら
血まみれの私を心配した
知らない爺さんが話しかけて来たけど
私はケロっとしてるし
特に爺さんに出来る事も無いので
「気をつけてね」と去って行った。
傷は浅いけど範囲が広いので半身血達磨の人が買い物してたのに、誰も気にしない薬局の人達に
私の方が怖くなったわ。w
そも私は骨折未満は怪我だと思って無いので
(フルコン格闘技やってた人なら解ると思う。)
そのまま目的の安住神社まで行ったけど
もうお土産屋さん閉まってたので無人のおみくじだけやって帰る。
帰り道、信号待ちで隣になったニンジャのお兄さんに心配される。w
腕も脚も包帯の上まで血が滲み出たまま走ってたからねぇ。
厨二病みたいでカッコいいくらいに思ってたけど。w
帰ってお風呂入って寝て起きたら
左手もぶつけてたのか左手が腫れてドラえもんみたいになってた。
とりまヘッドライトのステーを3mmアルミで作り直して、壊れた飾りを外してバイク自体は修復出来たので
飾りを修理しなきゃなあ。
先々週も右手の平に深くカッター刺しちゃって
血と一緒に皮下脂肪が傷口から飛び出しちゃって
本来なら4針は縫うんだろうけど
適当に止血して治しちゃったばかりだったのにねえ。
今月血まみれ。w
こう言う事が起きてもなんの感情も沸かないし
心拍数一つ上がらない精神状態が安定して平穏なままな自分に
私は心の病気なんだと自覚するよね。
生きてく上では便利な病気だけど。w